安比塗ってどんな漆器?

公開日 2023年2月3日

▲安比塗漆器工房の直営店。塗師の仕事場も見られます。要予約で、箸の絵付体験もできます。
 
 
 

さて、安比塗の説明をする際に、もう一つややこしいことがあります。

お隣の町で作られている「浄法寺塗」とどう違うの?ということです。 

人によっては、聞きづらそうに尋ねられます。
聞きづらいのは「モノを知らない、と思われるかも」とか、
「この違いが分からないのか、と思われたら恥ずかしい」とかもありますが、
何よりも「近い産地を比較するのは失礼なのでは」と思われるようです。

実際、安比塗漆器工房のスタッフも、「この質問が一番困る」と、苦笑いします。

解答は、というと、「ほぼ、変わらない」のです。

前回(「ややこしい名前の話」)、「漆街道」の話を書きました。
この漆街道。

浄法寺(浄法寺という寺ではなく、浄法寺という豪族の名前が土地名になったそうです)には天台寺というお寺があります。
一時、瀬戸内寂聴さんが住職をされていたことで、ご存知の方もあるでしょう。

この天台寺の僧侶が使っていた、御山御器(おやまごき)と呼ばれる、
小ぶりな汁椀、飯椀、皿の3つ組などの漆器を作っていましたが、
高度経済成長期に残念ながら衰退しました。プラスチックだけでなく、
樹脂のボディに樹脂塗料などで塗装した器を“近代漆器”と呼ぶこともあったそうで、
往々にして新しいものに飛びつく傾向のある日本人は、何の躊躇いもなく、
「木よりも安くて扱い易い」とプラスチックに飛びついたようです。

荒沢漆器もあっという間に、廃れてしまいました。

ですが、漆の需要がゼロになったわけではありません。
漆の樹液の産地としては、浄法寺地区は生き残っていました。

岩手県としても、漆は岩手の財産ですから、県の工業技術センターに専門の部署がありました。
(実際、昭和30年代までは、工業技術センターの支所が荒屋新町にもあったそうです)。
工業技術センターでは技師の指導のもと、漆器の研修が行われていました。
後に、安代漆器センターの責任者となる冨士原文隆さん。
少し遅れて、浄法寺の漆掻き・岩舘正二さんの息子さんの隆さんが入所します。

安代(荒沢漆器)も浄法寺漆器も、その時、産地は消滅していた上、
柳宗悦が書き残したように「塗りが落ちて堅牢を欠く」*ような技術をそのまま復活させても意味はありません。

堅牢な下地に上質な地元の漆で仕上げる基礎を昭和50年から工業技術センターで学んだ冨士原さんは、
安代に戻ったのち、
安代漆器センター(現在・安代漆工技術研究センター)で塗師を育て始め、
岩舘さんは昭和54年に岩手県工業技術センターの所員・町田俊一さんと二人三脚で、浄法寺漆器の復活を始めます。


▲安比塗漆器工房のマークは桃の絵の描かれた片口。
このマークは、岩手で漆を志す人、全てのお父さん的存在の高橋勇介さんがデザインされたもの。

 
 
 
 工業技術センターで教わった基礎は蒔地(まきじ)という、
輪島などで使う地の粉(珪藻土)を使う技法でしたが、
安代の冨士原さんも、浄法寺の岩舘さんも、仕事をこなしていくうちに、
地の粉をやめ、漆を塗り重ねる塗り方に変えていきました。
安代の冨士原さんは「二年間の研修期間で、独り立ちできるようにするためには、
時間のかかる蒔地の技法に拘らず、塗り重ねの技法で、とにかく数をこなすことが良策」と、考えました。
使っていた水目桜が地の粉との相性が悪かったことも、
蒔地を止めた理由の一つでもあります。
岩舘さんも「地の粉は手に入りにくくなったし、漆を塗り重ねた方が良い」と判断したそうです。

浄法寺で漆を塗る人の中には、安代漆器センターで基礎を学んだ人もいます。
同じように高度経済成長期に産地がなくなり、同じように昭和50年代に復活に動き、
同じ塗り方を学んで再興を果たした、二つの産地。

再出発から40年たち、かたや浄法寺漆器という名前を復活させ、
こなた安比塗として新たに歩み出しました。

どちらも仕上げは浄法寺の漆を使い、「漆街道」でつながる切っても切れぬ仲。
「どう違うの?」と、ついつい、気になりますが、
同じ安比塗、浄法寺漆器の職人でも、人それぞれ、微妙な個性の違いはあるものです。


▲安比塗漆器工房には、安代漆器センターで修行して、各地で活躍している作家の品物も並んでいます。
同じ場所で学んでも、さまざまな個性があることが分かります。

 
 

 浄法寺漆器と安比塗は、出は同じ。しっかりした作りで上質な地元・浄法寺漆で仕上げるのも同じ。
どうぞ、「安比川・漆街道つながりの仲間」と、認識くださいませ。

*柳が手にしたものは、塗りが粗かったようですが、20世紀初頭に輪島に指導者を呼ぶなどして、堅牢なものを作る人もいたようです。
 
 

*special thanks
町田俊一さん(Lakka)https://lakka.craft-jp.com  
岩舘隆さん(浄法寺漆器工芸企業組合)
&冨士原文隆さん(安代漆工技術研究センター)

■文責 日野明子
■写真 minokamo(長尾明子)

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